インドの話 1_4

 

あれだけひどく苦しめられた風邪も治りつつある。汗かきつつ、ベッドでもがいた甲斐があった。しかし今度は、首に汗疹(あせも)が出来た。常に体に異常がある私。

 

 

 

マドゥライからカニャークマリまでは8時間の長旅で、着いた頃にはもう辺りは暗くなっていた。遠いはずだ、カニャークマリはちょうどインド最南端の岬に位置する街で、インドで唯一「海から朝日が昇り海へと夕日が沈む場所」と言われているのだ。

 

 

 

 

ここはひとつ眺望の良い部屋に泊まりたい。そこそこ中級のホテル「サムードラ」に決めた。眺望良さそうだし、それに街の中心の寺院前に位置する便利なロケーションだ。…ん、何やら寺院から、演説っぽいマイク音声が聞こえて来るぞ。祭りか説法か何なのかは分からないけど、結構勇ましい。「寺院、寺院前で騒音…。いかん、それはいかんぞ!!」我に返った私はチェックインする時、フロントスタッフに聞いた。

 

 

 

「 So On All Night? 」

 

 

 

答えは「夜10時で終わる」との事。私は「朝4時から始まったりしませんか?」と重ねて質問しようとしたが、やめといた。夜10時まで鳴り響くそのマイク音声は、基本的にラーメーシュワラムと同じほどの超大音量だが、人の声だからまだ耳に優しかった。肝心の眺望はといえば、窓の鉄柵が邪魔していまひとつ。今日はここで妥協するとしても、絶海の孤島感に浸りたい私は、明日はホテル探しを頑張る事にした。

 

 

 

旅にも小説みたいに「起承転結」があるのだろう。今日はちょうど旅の折り返しに当たる22日目だ。この日、ストーリーが一転した気がする。彼らの出現によって…。

 

 

 

聖地に夜明け前のお経は付き物なのか。よりによってまた寺院前のホテルに泊まっている私は「いやいや言いつつ実は好きなんだろ?」いっそマゾに見られたほうが説明は簡単だ。この寺院のお経は、まだまだボリュームが控え目で物足りないくらいだ。

 

 

 

両替に訪れた銀行で久しぶりに日本人と話した。後日、マハーバリプラムで再会する事になる香川県出身の柿田さん(30)。彼の手の甲は日焼けにより脱皮症状を呈しており印象的だった。「日焼け強烈ですね」チェンナイでリクシャーに乗るのが嫌になって(普通は嫌になるわ)1日中歩いていたらこうなったという。リキシャーと張り合えるほどタフそうなのに不思議…と思ったら、初めての海外だそうだ(強い)。

 

 

 

2週間ぶりに日本人と話した私は、機嫌良くホテル探しに出かける。柿田さん滞在のホテルがどんなのか見に行く途中、また別の日本人と遭遇。彼にどこに泊まっているか聞いてみたら、ガイドブックには載っていない街外れのまた別のホテルを挙げた。

 

 

 

「1人でのんびりするにはいいと思いますよ」

 

 

 

ほほー、そう思いますか。私は昼食を済ませた後、そのホテルを見に行ってみる事にした。そのホテルは「Shalimar South End Park」という南の果てをそのままアピールしている小さなホテル(全2室)であった。およそフロントとは思えない開放的なカウンターに赴くと、芝生で寝転がっていたスタッフが起き上がって「残念ながら今夜は満室だ、それでちょうど今、君と同じ日本人が泊まっているんだが、明日には出るそうだ、会うかい?」お節介な彼は、私を客室へと案内した。

 

 

 

そこには、さっきの日本人男性とお連れの女性2人がいて暇をもてあそび気味にトランプをしていた。「あっ、どうも…」インドの南の果てで、私は出会ってしまった。

 

 

 

桃山氏(30)は英語完璧、桃山さん(30)は知的な印象、小島さん(27)も英語が出来るというタレント揃いだ。桃山夫妻は、いずれインドに永住するつもりで、今回は入居物件を探しに来たと言う。そこに何故小島さんがくっついて来ているかは疑問だが、初対面でいきなり聞くのもどうか。移住後、仕事はどうするのだろう?「

 

 

 

ホームページ更新の仕事を日本でしててさ、給料は安いんだけど、とりあえずそれならインドでも続けられるし、生活もやっていけるかなと思って…」「ラクシャドウィープ諸島のリゾート開発のビジネスをしているっていうインド人と機内で隣り合わせてさ、話しているうちに一緒に仕事をやらないか!?という話になってさ、まぁ、騙されたと思って一度は行ってみようかなと思っているんだ…」か、かっこよすぎる!

 

 

 

この夫妻は、テレビ見ない・新聞見ない・日本食を恋しくならない・自動車免許を持っていない・時計を持ってきていない・天橋立を知らないという事も判明。この時、気付けば良かったのだが、きっと元から日本人である事希薄なのであろう「彼の母方は台湾人なの」だから。桃山夫妻には海外永住という選択も自然な事かもしれない。

 

 

 

私はノビのあるうどんを命綱にバンジージャンプのように日本から飛び出ているだけで、日本を離れ移住する事はやっぱり考えられない。「うどんが無かったら飛び出したまんまですか?」「うっ!!」心の中で誰かが突っ込んできて私は返答に困った。

 

 

 

夕食を一緒に囲んだ際に「トリヴァンドラムの北にヴァルカラといういいビーチがある」と教えてもらう。ガイドブックにはコヴァーラムビーチがメインで堂々と載っていて、ヴァルカラは穴場のようだ。彼らはインドの友人がいる街を拠点に動いていていわゆる旅行者とは程遠い感じだ。そしてそれ以外は観光情報は持っていなかった。

 

 

 

食事の後も続く会話の最中に、いきなり桃山氏は1人立ち上がって無言で部屋に戻った、ほどなく消灯。「あ、あれっ?寝ちゃったの?」いきなりの行動に唖然とする。「よくある事なの(笑)。散歩でも行こっか?」しかしゲートに向かおうとするタイミングで「私もやっぱり寝る…」回れ右「私も…」小島さんも眠そうに回れ右した。

 

 

 

散歩の為の2歩目は、ホテルへ1人帰る為の第1歩となった。なんじゃあ、その散り散りの終わり方は?私はまだこの時来るべき「ヴァルカラの衝撃」を知らなかった。

 

 

 

朝日を見に行く。この街の一番の見所は、朝日と夕陽なのだ。おーおー、インド人が大勢集まっとる。人気があるだけあって確かにラーメーシュワラムよりも絵になる。

 

 

 

昼過ぎ、そろそろ放置していた髭を剃ろうかなと思い、雑貨屋さんっぽい店で髭剃りを探すが無い。いろいろな店をあたって、辿り着いたのは何と床屋だった(盲点)。

 

 

 

「Shalimar South End Park」にチェックイン。周囲に何も無い上に、今日の宿泊は私1人。こんな環境では、確かに昼寝もしたくなるし、夕食終えたら「さっさと寝よ…」という気にもなる。今になって初めて、昨夜のディナーが散り散りにお開きになってしまったのも十分理解出来る……はず無いだろ、やっぱり。

 

 

 

「ここのホテルの人達は毎日がドラマになりそう…」昨夜のディナーで、両肘ついてうっとり気味につぶやく桃山さん。それはきっと「サザエさん」のようなごくごく平凡なドラマだろう。同じ毎日を絶望も向上心も惰性も見せずに、不貞腐れもせず…。

 

 

 

インドで一番心に残っているのは、このホテルのお爺さんが、夕方海に向かって佇むシーンであった。彼の1日はシンプルだ。午前中は木陰で、午後は軒下で寝転がる。時に、若いスタッフと雑談やカードゲームをして過ごす。夕方になるとゲートに背中を預けて、ただぼんやりと海を見つめて立っている。それが毎日。この老人をここまで安らかしめているのは何なのか?きっと死ぬまで彼はこの生活を続けるのだろう。

 

 

 

今日も誰もやってこないこのホテル。

庭から見る朝日ですらとても美しい。

ランチの後はつい昼寝をしてしまう。

 

 

 

雲の影響でいつもより日没が早くて人の引くのもまた早い。

夕陽が完全に沈み切ってもお爺さんはまだゲートに佇んで。

 

 

 

彼の後ろ姿を見て、例えようの無い寂しさを感じてしまうのは、

私には到底到達できない悟りの境地におられるからに違いない。

 

 

 

「何が足りないのか?」じゃなくて「何が余計なのか?」では…。

蚊に苛まれて眠れないのなら、いっそ庭に椅子出して一晩真似事。

 

 

 

「個人旅行」を見ていたら、ほんのコラム程度でヴァルカラビーチについて記述があった。街の地図・ホテルなどの情報は載っていない。「行くか、ヴァルカラへ…」目的地をコヴァーラムからヴァルカラに変更。インド屈指のビーチリゾート・コヴァーラムは私には向かない気がしていた。それに、彼らもきっとそこにいるだろうから。

 

 

 

私は、桃山氏グループに多大な影響を受けた。最も即効性のある影響が「ガイドブックに載っていない所にも行こうと思えるようになった」という訳だ。他には「タイガーバームの効用」蚊に刺された時にすぐに塗ると、30分後には腫れが引くらしい。

 

 

 

カニャークマリは、ホテルも料理も景色にも恵まれたのだが、テトラポットが浜一面に敷き詰められていて泳ぐ事が出来ず、それだけは不満だ。私は、海に浸かりたいとテトラポットを乗り越えた先にある砂地へ。たまに強烈な波が来る。こりゃやばいと引き上げようとした時、現地の夫婦に「危ないから駄目よ!」と注意されてしまう。

 

 

 

夜、街まで散歩。青年グループと遅くまで話し込んだ後「ホテルまで乗せてくれ!」とお願いする。どうやら自転車も無いらしく、通りすがりの原付を捕まえてくれた。ちょうどその時、ホテルスタッフ(自転車)と出会ったので、原付を丁重にお断りして、スタッフと帰ろうとしたら、青年グループとスタッフがいきなり口論し始めた!

 

 

 

私は「彼は私達の友人だ。ホテルまで送る!」「彼はうちのゲストだ。責任持ってホテルまで送る!」という口論なのだろうと勝手に想像する。自転車に乗りながら「見知らぬ人について行ってはいけない。ホテルも教えてはいけない。これはインドだけでなく世界共通の話だ」と真顔でスタッフに説教されては、首肯するしかない私…。

 

 

 

カニャークマリ最後の昼食もいつもと同じ。フライドチキン・野菜カレー・ライス・オムレツ・ミリンダ。よく「どこどこの何々は忘れられない味。ぜひ食べてみよう」みたいな投稿、余計なご提案と思ってしまうが、ここのフライドチキンは癖になる味わい、カニャークマリに行ったらぜひ食べてみて!(すぎのや大次郎 宮津市 ’01)

 

 

 

さて、ここからはインド西海岸沿いを北上する後半戦に突入だ。西側はケララ州になって、今まで(タミルナードゥ州)とは言葉や文字が変わった事には気付くが「全く分からない」という事に変わりは無い。2時間半でトリヴァンドラムのバスターミナルに到着。正面に駅があるが、ここから更にヴァルカラへ移動する元気はもう無い。

 

 

 

 

「リージェンシー」というかっこいい名前の中級ホテルにチェックインして「アカデミックな街(ガイドブックによる)」とやらを散策だ。しかし、駅前を見渡す限りは他の街と同じに見えるぞ。庶民的カフェに入ってドリンクを2杯注文。1杯は未体験ジュース、もう1杯は口直しに備えてのオレンジジュースだ。インドの飲食物は当たり外れが激しいが、外れた場合、それはもう清々しいほど突き抜けている事が多い。

 

 

 

出てきた未体験ジュースは、この意味において「清涼」飲料水だった。このジュース中級ホテルにはたいてい備え付けてある「アーユルヴェーディック」という石鹸の匂いがするぞ。アーユルヴェーダでは、ある種類の花か草かまぁ知らんけど、それらを石鹸に加えたり、料理に加えたり、ジュースにまで加えたりしているのだろう。私にとってはその匂いの初体験が石鹸だったから、もうそれは花ではなく石鹸の匂いなのだ。石鹸の匂いのするジュースなんて飲めるかいな。このジュースが悪いのではなくそれを石鹸と連想してしまう私が不運なのだ。リンゴ味の歯磨き粉があるからといって、アップルジュースを「歯磨き粉の味がする!」と怒られて謝る訳にはいかない。

 

 

 

これだけまずいジュースはなかなか拝めるものではない。ストローでぐるぐるかき回していると、グラス底に固形物が。濁ったピンク色溶液なので気付かなかった。「アイスクリームぐらい食べとこか」と掬い上げようとするが浮かんでこない。ようやく掬い上げたそれは「何年冷凍庫入れとんじゃ!」というような固さ・重さであったがちょっと固過ぎるような…?その固形物を怪しげに見ている私に気付いたウエイターがやってきて、無言で私のジュースを持って行ってしまった。「???」彼が再びその飲みかけジュースを持ってきた時、その中にアイスクリームは入っていなかった。

 

 

 

結論「やっぱり石鹸かい!!!」

 

 

 

夕食は、インドではなかなか出会えないビーフカレーを食べる。デザートに注文したフルーツサラダは、断りもなく(笑)何故か砂糖漬けになって出てきた。「新鮮なフルーツを砂糖で殺してどうするんだよ~(怒)」私はパイナップルライタの残りヨーグルト汁でフルーツを洗いながら食べるのであった。インドのサラダは油断禁物だ。

 

 

 

朝食は(1)リージェンシーブレックファストセットというホテル名を冠したものを(2)ルームサービス(そろそろ電話注文しても大丈夫だろ)でというリッチなものだ。ドリンクや卵料理の方法などはいくつか選択肢が提示されていたので、ジュースは「オレンジ」、玉子は「オムレツ」、コーンフレークに付くミルクは「コールド」でと伝える。だが、届いたのは「オレンジジュース・オムレツ・コールドミルク」の単品3品であった。飲み物のほうが多いやんか?不思議に思えよ、インド人(怒)。

 

 

 

中級ホテルにもなるとテレビが備え付けてあるのが普通だ。インドのテレビは大都市では40チャンネルぐらいあってザッピングが楽しい。お気に入りは、西洋音楽とインド音楽を延々と流す「V」テレビだ。しかし今朝はそんな誘惑に負けずにテレビを消して出かける事にした。ガイドブックに「ここを足早に過ぎていく旅行者も多い」とか書かれてあるから、反発してちと市内観光してみようではないか。ネイピア博物館に着いた。南国っぽくて、それでいてド派手でない抑えの効いた建物の博物館、それを見ただけでほとんど満足してしまった。しかしガイドブックに「建物自体も素晴らしいが展示品も…」とか書かれてあるから、ちと館内見学してみようではないか。

 

 

 

博物館を出ると、アカデミックな女学生が団体で近寄って来た。カニャークマリで髭を剃った直後、私を女性と間違えて親しげに話しかけてきた女性がいた事を思い出して(私は男性だと分かると逃げ出した)「Gents、Gents(お嬢さん、俺に触ると火傷するぜ!)」と自分が男性である事を説明するGentlemanな私。

 

 

 

トリヴァンドラムでのお遊びはこの辺で切り上げ、私はヴァルカラ行きの急行列車を手配した。遅れる事無く定刻2時に出発。いよいよここからは何の情報もない未知のインドだ。どんどん駅を飛ばして走り、意外にも最初の停車駅がヴァルカラだった。

 

 

 

2つあるらしいビーチ、情報が無くてどっちがいいか分からないので近いほうへ行ってもらう。「ひえぇ…」西洋人が過半数占めているぞ。西洋コンプレックスがある私は、こんなリゾートに私なんかおっていいのかな?とネガティブに感じて、あまり正常ではいられない。それでも、彼らが心底リラックスしているビーチの様子を見て、私もああいう風にポジティブなリゾートライフを過ごせるよう西洋に学ぶ事にした。

 

 

 

細長いビーチを中間ぐらいまで歩いた後、ビーチ背後の崖階段を上ると、疲れ果てた私の前に、見晴らしの良さを謳うホテルが崖沿いに数多く立ち並んでいた。何処となくお洒落で、甘ったる過ぎる洋菓子的な響きのホテル「CLAFOUTI」で宿泊。

 

 

 

2001_03                              2001_05