インドの話 2_8

 

ミティラーアート見学に、サイクルリクシャー(人力車)に乗って近郊のクワ村へ行く。リクシャーのおじさん、一生懸命自転車をこぎ続けてシャツの背中には汗がぐっしょりだ。これ、裕福な観光客が不当な低賃金で重労働を強いているような気分になる。「悪いなぁ、乗らなきゃよかったかな?」と的外れに申し訳なく思ってしまう。

 

 

 

 

肝心のミティラーアートは、あとひと押し訴えてくるものを感じられず。マハーバリプラムに続いて衝動買いの恐れがあるのを自覚していた為、あまり失望は無かった。

 

 

 

 

「今一番食べたい料理、第1位は!?」

「うーん、ダルバート(でいいや)…」

 

 

 

風邪をひいている間は、ホテル1階レストランのダルバートにずっとお世話になっていた。昨日から実に朝昼夜5連続ここでこれを食べている。見た目は地味で、あまり味の記憶も無いけれど、きっとそれは素朴だからで、おいしかったのは間違いない。

 

 

 

 

夜中3時、カトマンドゥに向けてひた走っていたバスはいきなり停止した。銃を携えた男が乗り込んできた。検問だ。「マオイストと称される毛沢東の影響を受けた人々が辺境の地でテロを仕掛けてたびたび軍隊が出動している」というのが現状らしい。

 

 

 

そんな事情でネパール人はみんなバスから降ろされてボディチェックを受けていた。「俺は降りなくていいのかな?」と迷っていると、アルミさんという兵士に「あなたは降りなくていい」と言われたので、車内待機。「ああ、そういうことか…。アルミさんではなくて「I am army 」だったのか…」と気づくのは目が覚めてから。

 

 

 

夜も明けてお昼過ぎ、16時間のバス旅の終わりが見えてきた。カトマンドゥ(以下KTM)に到着だ。さすがにちょっと気が緩む、そんな刹那を奴は見逃さなかった。

 

 

 

犯罪ファイル3  スリ

 

 

被害者の隣席にフレンドリーに移動してきた男は、KTMの街並みを指さし、街のガイドを始める。被害者の注意が外に向いたスキをついて、左手で左胸ポケット内の紙幣を盗み取った模様。被害額50ネパールルピ―(1ネパールルピー=1.6円)。

 

 

 

ようやくKTMだ。私がまだスリランカにいた頃、暇潰しにちょくちょくネパールのガイドブックのあるページを凝視していた。それは日本料理の店のページであった。「蕎麦!蕎麦!蕎麦!カツ丼!カツ丼!」はぁぁ、ようやく食べられるのだ!私はついにKTMに来た、しばらくここにいる、そしていつでも食べられる、そのポテンシャルに安心してか(悪い保留癖)この日はチベット料理店で自分を焦らしてしまう。

 

 

 

今日は妹ヒロコが日本からKTMにやって来る日だ。文句を言われないように、ホットシャワー&バスタブ付の部屋を探してホテルを移動する。フロントはなぜかトリプルの部屋を割り当ててくれた。これで「冷たい・汚い・狭い」と言われる事は無い。

 

 

 

日本人の女の子、なっちゃん(19)に出会った。お金があまり無いようで、安い部屋を探しているらしい。部屋探しに付き合う事になった。お金無さ過ぎてカメラも売りたいそうだ。確かに外見はみすぼらしいが、中身(19)が熱量を放ちまくっているから、貧乏故の悲壮感は全く無い。トリプルなのでベッドが1つ余る訳だから一応「一緒に泊まる?」と誘ってあげた。ツインで1人だったらそんな事はよー言えん。

 

 

 

ようやく彼女は安い部屋(約150円)を見つける事ができた。その後、さらに別の高知の女の子・大阪のお兄さんも加わり4人でカフェ。「高知」はなっちゃんと一緒にKTM入りした娘だ。「大阪」は「高知」の知り合いでアクセサリー関係のバイヤーさんだ。4人中3人がB型というカルカッタでの出会いを思い出しながら、会話を繋いでいるうちに、なっちゃんはB型だと確信した。なっちゃんに血液型を聞かれて

 

 

 

「たぶん君と同じだと思う(得意気)」

 

 

 

16:25到着便で妹が来るので空港に迎えに行く予定だと言うと、実はバイヤーのお兄さんもこれから友人を迎えに行くと言う。ツアーガイドのビジネスもしているらしく旅行情報に詳しい。「ロイヤルネパール航空だったら18:15に到着ですよ。しかも余裕で1時間は遅れるし」危ない危ない、嘘メールのせいで3時間も待つところだった。「自分が待つ事は必要ない、待たせる事はあっても」これは重要な事だ。

 

 

 

夕方なっちゃんと一緒に空港へ行く。1時間遅れを見越して空港に到着したら、バイヤー&高知娘はすでに空港にいた。約10分後、ヒロコはゲートから出てきた。「お疲れさん!」大勢での出迎えに戸惑うヒロコ。「お疲れのところ悪いんだけど、今からみんなでカジノ行こう!ってなって…行くやろ?」なんというネパールデビュー。

 

 

 

一緒に行動するとはいえ「いつからでも1人で動ける!そういう気概だけは持っておいたほうがいい」と兄は思っていた。はぐれる事もあるのだから。しかし、仕事に追われて慌てて日本を発ったのだろう、ヒロコの旅行スタイルはなかなか大胆だった。

 

 

 

 1.腕時計忘れて時間が分からない

 2.両替をせずに空港から出てきた

 3.ガイドブックをまだ読んでない

 4.貴重品の管理にまったく無頓着

 5.全身スキだらけのゆるい雰囲気

 

 

 

まぁ、(1)昨日到着早々、いきなりカジノに行くはめになった件や(2)いろいろリクエスト品を持って来てもらった件があるから、偉そうに言わないでおこう…と思っていたら、さっそくヒロコさんは1時間以上も行方不明になってしまった(笑)。

 

 

 

2人でパシュパティナート寺院へ到着して見学 →

 兄「先に階段上がって上で待ってるわ」別行動 →

  しかしいつになってもヒロコは上がって来ない →

   そこらじゅうを探す兄。スキをつかれて誘拐? →

    1時間以上経った後、ヒロコは息切れして登場 →

 

 

 

聞くと、ボダナート寺院まで行っていたという。……なぜ別の寺に行く?それ以前にそこ片道1キロ以上あるんですけど?「(現地の)子供達がお寺に案内する言うから一緒に行ったんだけど、近いと思っていたらどんどんどんどん歩いていって…(ボダナートまで行ってしまった)。帰りはタクシーで帰ってきたの。はぁはぁはぁはぁ」

 

 

 

ヒロコ「タブー(ヒンドゥー教徒以外立入禁止)?・待ち合わせ(兄)?・安全(不用心)???知るかーっ!!!」仕事の疲れが溜まっていたのだろうか……(嘘)。

 

 

 

今日のヒロコさん「パタンは芸術の町と言われてるらしい」と薦めたら気乗りしなさそうに「…芸術の町ねぇ~?」奴はデザイン専門学校(社会人向)の生徒なのに…。

 

 

 

朝食後、それぞれ別行動。とりあえず私は行先のかぶらない「芸術の町パタン」とやらを目指して歩い(中略)パタンを後にして、蕎麦処「ヒマラヤ」についに行く「まだ行ってなかったんかい!」。ガイドブックによると戸隠で修行したネパール人の店のようだ。私は蕎麦にはうるさくないが戸隠で食べた事あるぞ、これは期待できる。

 

 

 

 

まず、蕎麦茶が供された。私はそれをいくらか啜った後、ふと我に返る。「ん、私は今、蕎麦茶を飲んでいる!ここネパールで!?」鈍すぎる!全くもって鈍すぎる!!この蕎麦茶が幸せに感じられないなら旅してもしょうがないかも…と少し落ち込む。

 

 

 

今日のヒロコさん「別に旅先でしかも約束してまで日本人に会いたいとは思わない」

 

 

 

グリーンラインというネパール最高クラスだというバスで、ポカラへ。途中立ち寄ったレストランのビュッフェランチは、予想に反してネパールで一番美味しかった。ヒロコもKTMの喧噪を離れてランチをゆっくり満喫している…はずだったが、そうはさせないぞ!とばかりにフィリピン人紳士1名が相席してきた。テーブル上の会話は一転して英語モードに。ヒロコは聴覚に神経を費やし、味覚にまで神経が行き届かない模様。私が料理を取りに行く間は2人きりになってしまうから更に気が抜けない。

 

 

 

ポカラへ着いてバスから降りた途端、ホテルの客引きがいっぱい。オープン20日目という新しいホテルを選べた。ポカラはネパール1の観光地なので競争が激しいのだろう。レストランも同様に、いろんなタイプの店と料理が楽しめる。日本料理店もいくつかあって早速1軒行ってみる。日本人バックパッカーに有名な「アニールモモ」だ。………………。………………。ふぅ「金田一少年の事件簿①②」をいきなり読み終えたぞ。日本食も日本語も懐かしく思えた。古き良き「日」本の平「常」だった。

 

 

 

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基本的に単独行動が好きだ。家風・B型・染色体(男)…そういう要素が全てではないにしろ、いくらかは影響しているはずだ。では同じ家風を帯びたA型・女なら…?

 

 

 

第 1 章   妹

 

 

 

彼女のテンションの低さは想定外に達していた。「俺がしゃべらなきゃ、この兄妹はやばすぎる!」私はそう思って、彼女らのトークに時折参加し、また妹ヒロコにも会話を振った。他人までケアするのは容易ではない。社交的・東京的な会話をモットーとするあの2人の女子に、この兄妹はいったいどのように思われていたのだろうか?

 

 

 

スリランカファミリーに「あなたの家族もあなたみたいにフレンドリーなの?」と尋ねられた私。KTMで別れるなっちゃんに対し「ポカラでまた会うかもね、会えたらいいね」と素直に見送った私。マハーバリプラムの世間話ストリートに果敢に飛び込んで行った私。私は頑張っているのか?変わったのか?何かに挑んでいる事だけは確かだ(笑)。私は自分より社交的な人を見て「すごいなぁ」と思う事はあった。だが逆サイドからやってくる人がいようとは思わなかった。こんな身近にこの日まで…。

 

 

 

第 2 章   出 会 

 

 

 

今日(3月22日・KTM)は妹ヒロコと別行動。午前中に続き、夕方にもなっちゃんに出会った。なっちゃんの他に、初めてお目にする裕子さんという、妹と同じ名前の女性もいた。彼女らは今日どこかで偶然出会って気があったのだろう、一緒に行動していたようだった。今からボダナート寺院へ行くというので一緒に行く事にした。

 

 

 

なっちゃんが妹ヒロコについて私に尋ねる。「今日は1人でスワヤンブナート寺院へ行ってると思うよ」と言うと、彼女ら2人もそこに午前中行っていて「ヒロコさんらしい女性を見かけたよ!」と言っていた。話を聞く感じではすれ違い&会釈程度か。

 

 

 

第 3 章   約 束

 

 

 

ボダナートに着いた。が、私の関心は、彼女らが交わす会話内容にあった。打ち解けるのが遅いだけかもしれないが「プライベートや感情感想好き嫌いなどに全く立ち入らないでいつつ会話を「継続」する話術」に長けている人々が存在すると思う(札幌や東京で目撃証言)。そういう会話を耳にするたび高度なスキルだなぁと感心する。

 

 

 

ボダナートからタメルに戻ってくると、もう夜だった。彼女らと日本食のレストラン「桃太郎」で一緒に夕食の約束をした。「良かったら妹さんも」2人はそう言った。

 

 

 

第 4 章   偶 然 ?

 

 

 

ホテルに戻ると、既にヒロコはスワヤンブナートから帰っていて軽くご立腹だった。

 

 

 

「遅かったね。私には暗くなる前に帰ってこいって言ってたのに…」「ちゃんと人の言うこと聞いてないな。(1)暗くなる前に帰るか(2)暗くなったら(A)タクシーで帰るか(B)誰か他の日本人と一緒にいるか、って言ったのに」「あ、そっか」

 

 

 

「晩飯行くぞ。「桃太郎」でええか?」私はヒロコにとっても再会となる出会いを伏せたままにした。再会のサプライズリアクションを見るのが私の楽しみだ。そしてヒロコには、再会を楽しんでもらうつもりだった。さすがに少しは盛り上がるだろう。

 

 

 

第 5 章   リ ア ク シ ョ ン な さ す ぎ

 

 

 

彼女たちはすでに「桃太郎」に来店していて、奥まった座敷にいた。「空席が無くて同じテーブルにたまたま相席になった」偶然を装った再会がやってきた。私の予想ではヒロコ「あ、あれ?確か今日会いましたよね。ぐーぜーん!(私に)昼に出会ったの!」しかし現実は、ヒロコ「ぐーぜん………………………」おい!それだけかい!

 

 

 

第 6 章   フ ォ ロ ー す る も し き れ な い 兄

 

 

 

なっちゃんと裕子さんの目下の話題は「ツァタモリ」というネパール郷土料理だ。2人の会話の展開は、私の中で伝説となっている「ニンジン」の会話を彷彿とさせる。

 

 

 

A(22)「2本で~もニンジン♪♪」

B(22)「…3本で~もニンジン♪♪」

C(22)「……4本でも人参だよね!」

 

 

 

「へぇー、いろいろ具があるんだねー」体内気圧を50%ぐらい落としてしゃべると「それ」系の会話の域に到達できる気がする。なんにせよ・とりあえず・たまには2人の会話に参加しないと。それが(雰囲気を守ろうとする)防衛本能ってやつだ。私はほどほどに会話に参加しなきゃいけない、いや、しておけばいい。と同時に気付きつつあった。ヒロコが一番しゃべってないがな!会話に参加してもらわないと。「料理なに頼んだっけ?」と無理やり会話を振る私。もうやだー、こんな世話焼ける妹。

 

 

 

第 7 章   彼 女 た ち の 会 話

 

 

 

「ツァタモリっておいしいよね。もうKTMに悔い無いよー」

「これさ、日本でも全然いけるよねー。家で作ろうかなー?」

「私、来年今ごろ(ツァタモリの)屋台引いてるかもねー!」

 

 

 

ツァタモリでこれだけ話せる2人が羨ましい。私&妹「そんなにうまいか、これ?」

 

 

 

第 8 章   部 屋

 

 

 

桃太郎からの帰り際、裕子さんがヒロコに言った。「(ポカラから)KTMへ戻ってきたらまた会いましょう!私まだしばらくいる予定だから」私は部屋に戻った後、ヒロコに尋ねた。「おまえ、もう会うつもりないやろ(笑)?」「うん、maybe」

 

 

 

ヒロコは裕子さんが嫌いなのではない。人に会うのが面倒なだけなのだ。きっとそういう家風だったのだ。そしてそれを解くつもりもない彼女はこんな事も平気で言う。

 

 

 

「だって、旅先で出会ったとしても日本に帰ったら…」「住所交換とか面倒くさい。さっきだって、撮った写真、メールで送ってくれって言われたばっかり…」「別に、海外で日本人に会いたいとは思わない。偶然ならともかく、約束してまでなんて…」

 

 

 

最 終 章   兄 を 超 え た 瞬 間

 

 

 

ヒ「写真送るんだ…。それって人嫌いを治す為?」

私「いや、普通にそう思うんですけど…(動揺)」

 

 

 

インド人やスリランカ人に手紙で写真を送る約束をしている私を訝って。私の手間に比べて、彼らの喜びのほうが余りに大きい(当時)。それが写真を送る理由と説明。

 

 

 

そんな彼女もやむをえずデジカメの写真を送らなければならない相手を抱えてしまった。彼女は、文面を考えたり、デジカメ画像をプリントアウトしたり、という手間を想像しただけで、余りの面倒くささにベッドの上で足をドタバタさせていた(笑)。

 

 

 

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