インドの話 1_1

 

 

インド行きのフライトチケットを買いに旅行代理店を訪れたのは、1月終わりか2月初めだった。代金支払時「もう行くしかないんだな」と改めて思った。今では忘れてしまってもう考えられないけど、関空の隅に引きこもるかもというほど不安だった。

 

 

 

「なぜインドに行くのか?」会社の友人に言わせると「インド?何しに行くんや?」という表現になるようだが、それには主に2つの理由がある。第1は、タイ・中国ときた手前、次に行くべき国はやはりそろそろインド…という下らない理由である。第2は、インド人の「生」をリアルに感じてみたい!というありきたりな理由である。

 

 

 

私がイメージするインド、それは「雑踏・混沌」であった。きっとその中に身を置けば、インド人の呼吸やら体温やらを介して、私のような生命力が朧な人間にでも鮮血を浴びるが如くリアルに「生きる」という事を実感出来るだろう。その期待は決して裏切られる事は無い、と言えるまでにインドに対する信頼が私を含め世間にはある。

 

 

 

初めてのインドで南インドのみを行く人は珍しいらしい。最初は4大都市(デリー・ムンバイ・チェンナイ・カルカッタ)を周遊する予定だった。しかし、グジャラート州で発生した大地震で、北西部分に行けなくなってしまった。そこだけ行かずに「1周」というのも不完全だ。「インド1周した」と言いたい私は言葉に縛られていた。

 

 

 

「インド1周がだめなら、逆にどこかに長期滞在してみるか、タイのバンコクはそういう人が多いと聞いたなぁ。でも、またタイか…。あ、待てよ、インドのどこかでのんびり長期滞在という手も…」という思いつきで「南インド45日間」旅行が俄然私の脳内で立ち上がった。のんびりというコンセプトに合うのは、南インドしかない。

 

 

 

チケットは45日OPEN(予約後も帰国便変更可)だが、担当タブチ氏は45日目ギリギリの帰国便を同意も求めずサラリと手配した。「あのぅ、1日くらい短くてもいいんですよ…」45日間というのは、私にとっては見当もつかない長さであった。

 

 

 

マレーシア経由で深夜24時チェンナイに到着した。3列ある入国審査チェックで、信じられないくらい遅いゲートを選んでしまって、やっと私の番がきたちょうどその時、審査官の豪快なあくび。「ふあぁぁ、ようこそ、インドへ!」緊張を抱えたまま入国する私に、南インドがどんな所かを教えてくれたのだろうと後になって思った。

 

 

 

日本から予約していたホテルまでのプリペイドタクシーを申し込む。必要事項を記入していると、早速ホテル斡旋のおっさんが群がって来たが、予約を取っている事を告げると「あら、意外…」あっさりと引き下がった。その時、受付カウンターのお兄さんが、私の足元の荷物を指差してなんか言った。その瞬間、私は「注意をよそに引きつけておいて、その間に荷物を盗むスリ」の話を思い出した。確かにホテル斡旋の話の間、荷物には無防備だった。いきなりなんか盗られたんかな?とドキッとしたが、お兄さんが言ったのは意外中の意外「危ないから、ちゃんとバッグのファスナーは閉めておきなさい!」という忠告だった。イメージしていたインドと違って戸惑うわ。

 

 

 

ホテルを出て、ものの数分でいきなりリクシャーの勧誘に捕まってしまった。まだ浮足立っている私は上手にあしらう事が出来ず、予定外の「リクシャーおじさんと行くマリーナビーチやカパーレシュワラ寺院を巡る半日チェンナイ観光ツアー」に参加。

 

 

 

寺院では、喜捨(バクシーシ)をくれと何人もの人が寄って来た。恥じらい無く堂々と要求できる文化のようで、卑しい感じが全く無い。リクシャーに250ルピーに下がるまで価格交渉を粘っておいて、喜捨で80ルピーもバラまいていたら気を悪くするだろうか?と気遣う人の良い私(1)。この喜捨攻撃で小銭が無くなる恐怖を徹底的に刷り込まれて、この後の両替では必ず10ルピー札を束でもらうようになった。

 

 

 

このドライバーは頼んでもないのにやたら寄り道をしたがる男で「この店でシャツを選ぼう」と高級ブティック店でリキシャーを停めた。どうやら「君はこのお店で、俺へのプレゼントとしてシャツを購入するんだ!」と言っているように思えるのだが、私の拙いヒアリング能力では確信は無い。だって「その要求はさすがに非常識すぎるだろ…。そんな厚かましい事ほんとに言うかなぁ?」とあくまで人の良い私(2)。

 

 

 

ツアー終了直前、ドライバーから「金をもっとくれ」と要求される。「NO~!」私は苦笑いしながら断っていたが断り切れず、何とか「カップスター塩ラーメン」追加で許してもらった。「塩ラーメンに牛や豚の成分が入ってたら、宗教的にまずかったかなぁ…」と後で考えてしまうあくまで人の良い私(3)。心配せずとも、インドに慣れてくると理不尽な要求は拒否できるようになった。そうして気付くのだ「西洋人のあのにべもない拒否の振る舞いはどうだ!」それに対する畏敬とある種の憧れを。

 

 

 

いつの間にかいっぱい蚊に刺されていた。蚊といえばマラリアである。通常、刺されて1週間後に発病するらしい。その時、私は(しっかりした病院のある)大きい都市にいるかな?と最悪を想定、やや憂鬱に。しかし冷静に考えてみると、ガイドブックには「刺されないようにするのが1番の対策である」などと書いてあるが、完璧に防ぐ事は絶対不可能である。みんなある程度は日常生活で刺されているに違いない。今の時点で流行していないようだから、刺されたら必ず発病という訳では無さそうだ。「いかん、守りに入っているな…。けど守らざるを得ないほど、この旅きついぞ…」

 

 

 

ブロードウェイバススタンドは近郊のバスが発着するバスターミナルだ。広大な敷地は、数十台のバスがうねうねすれ違ったり入れ違えたり。私はマハーバリプラム行きのバスを見つける事が出来なくて、しばしボケーとしていると、物売りの少年が「それだったらバスはこっちだよ!」と連れていってくれたので「助かった!お礼にチップ10ルピー!」渡すと「こんなにもらった!」とすごい嬉しそうに友達にジェスチャー。まだチップの相場が分からん。で、やっぱりバスも分からん。教えてくれたバスは違っていたから(行き先表示がタミル語しか無いから見た目では分からない)。

 

 

 

 

マハーバリプラムは小粒なスポットが数多く点在する長期滞在しても飽き無さそうな居心地のいい所だ。高評価のホテル「 Mamalla Bhavan Annexe 」にチェックイン。「はぁ、きちー、街に出たくねぇな…」それでも気合を入れて外へ出れば、何とかそこそこ立ち回る。屋台でスイカやバナナを買い、海岸寺院(世界遺産)周辺のビーチを歩き、パイナップルジュースを飲み、国際電話を実家にかけ…。

 

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これだけ頑張って動いているにもかかわらず、私はまだインドで「生きている」とは到底言えない、そう言い切れるのは何故?「私はまだインドに来て「手」を使っていない…」インドでは、口に入れる時は右手を使い、体から出ていく時は左手を使う。

 

 

 

5年前、中国1人旅も半ばの頃、私はひどく落ち込んでいた。1人で中華テーブルを回す切なさに。「学生1人旅なのにこんなリッチなホテルに泊まりやがって!」という罰のようにも感じた。最終日、上海での朝、私はホテル最上階のレストランに行く事をためらっていた。またあの時のような切ない思いをしなくてはいけないのか…。勇気と空腹と朝食クーポン券に後押しされて辿り着いたレストラン、朝食はお気軽なビュッフェスタイルで拍子抜けした。私は勇気を振り絞って来て良かったと思った。

 

 

 

そういう過去を持つ私は、私の宿泊する人気ホテル「 Mamalla Bhavan Annexe 」においても、躊躇する事も無く果敢に単身レストランに乗り込んだ。

 

 

 

「クリシュナのバターボール」は斜面に静止する実に不思議な石だ。これはどうなってんだ?と斜面を登っている時、滑って転倒・出血「インドって化膿しやすそう…」

 

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傷口消毒後、バターボール広場再訪。この周辺には、マハーバリプラム名産の石細工アクセサリーを売りに来るインド人が多くいた。そんな中にとりわけ熱心な少年、彼も石細工を売るつもりで話しかけてきたが、機を見るに敏、私の潜在的ニーズを掬い取ってガイドを申し出て来た。行き先は「ティルカリクンドラム」バスで30分ほどの村で、そこに行ってみたいヒンドゥー寺院があったのだ。段取りのいいこの少年はバス代・食事代・チャイ代・寺院入場料と全ての代金を立て替えてテキパキ動く。石細工よりもサービスのほうが金になるという事に気付いたのであろうか。おかげ様で初のチャイ・ミールス(定食)を経験する事が出来た(これが私のニーズだった)。

 

 

 

 

傷口消毒後、ビーチへ続く通りの店で夕食。ビリヤーニ(インド風焼飯)を注文すると、おじさんが自転車にまたがり颯爽と出て行った「今から買い出し…?参ったな」注文を待っている間にも徐々に日が暮れていくが、テーブルに置かれたロウソクの炎や、通りを行く家族連れ達のそぞろ歩きを見つめながらの待ち時間はとても贅沢だ。

 

 

 

「南インドはええとこやなぁ。もう「脛の傷が化膿するかも?」なんて心配どうでもいいや……」ロウソクの炎が尽きかけても、相変わらずなかなか来ない追加注文(食後のチャイ)。この素敵なインドを前にして「もう絶対ブルーにはならない!」と思えたこの一瞬をあざ笑うかのように、また次々アクシデントがやってくるのだろう。

 

 

 

午前中は、ラッシー片手に斜面に腰を下ろしてバターボールを眺めながら過ごす。こうして非日常なたたずまいのバターボールさんとの疑似的日常(この街の住人にはこれが真の日常なのに対して)を楽しんだ後、ひとまずマハーバリプラムとお別れ。ここはチェンナイ空港直行バスもあるようなので、きっと最後の滞在地になるだろう。

 

 

 

窓ガラスなんて無くインドBGMが大音量で流れている、乗っていてやたら楽しいこのバスが向かう次の目的地「カーンチープラム」は少なくとも4つの訪れるべき寺院が点在する街だ。まだ「4寺院を1日1つずつゆっくり見て周る」というような心の余裕がもたらす発想が無かったので、リクシャーでパックツアーみたいに効率的に周ってしまう。カイラーサナータ寺院・エーカンバレーシュワラ寺院・ヴァイクンタペルマル寺院・ワラダラージャ寺院、どれもこれも素晴らしい寺院であった(適当)。

 

 

 

 

1つ目のカイラーサナータ寺院で、日本人夫婦と出会った。この杉岡(仮名)さん夫妻は、退職した後に旅に出かけたそうで、もう早2年になるという。同じホテルに宿泊の縁、この夜1階の食堂で偶然の再会。私の食事にベテラン杉岡さんは意外な反応「あれっ、夜でもミールス食べれるんだ!」違う違う、これしか知らないの(笑)。

 

 

 

当たり前すぎてガイドブックも教えてくれないインドでのカレー注文のコツ、それは主食系(小麦・米)とおかず系(〇〇カレー・〇〇マサラ…)の両方を頼むという事だ。チキンカレーやエッグカレーを頼んでもご飯は付いてこない。ナンでもライスでも何でもいいが、対になる主食を別に頼まないといけない。ガイドブックに書いておいてと思うほどの重要な事だ。大事なのでもう一度「カレーにご飯は付いてこない」

 

 

 

インドのホテルでは、部屋まで荷物を運んでくれたポーターにチップをあげる習慣があるようだ。中級以上なら10ルピーでいいと思うのだが、この安ホテルではいくらぐらいが妥当なのか?私はとりあえずここでも10ルピーにしてみたが、子供のような彼の喜びようを見ると少し高すぎるようだ。その疑惑は、翌朝6時のモーニングコール(ドアノック連打)を受けて確信に変わる。「頼んでねぇのに何なん一体?」そしてダメ押しは大声で「 Tea or Coffee? 」こいつ絶対チップ狙いだわ。

 

 

 

マハーバリプラムに戻った私にいきなりホテルの客引きが絡んできた。かつて無いほどの粘り強さで、また私が実際にホテルを探しているもんだから容易に振りほどけない。「ノーサンキュー」と言っても纏わりついてくるので無視していたら「人の目を見て話せ!」「はっきり意思表示をしろ!」とコミュニケーションのセオリーを教えて下さる。ちなみに彼のお薦めする宿は「ラクシュミロッジ」この日以降「ラクシュミ」と名の付くホテルは絶対選択肢に入れないという拒否反応を示すようになった。

 

 

 

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