インドの話 1_2
レンタサイクルで海岸線をサイクリング、やがて近くのさびれた漁村に辿り着いた。やっぱりここでも子供にお金やペンを乞われる。ただし「 Give me パイサ! 」とルピー単位で要求しない所が控えめでかわいらしい(1ルピーは100パイサ)。
バスでポンディシェリーへ向かう。たまたま乗り合わせたのが急行バスだった為、わずか90分で到着。少し割高なせいか、乗客は裕福な感じの人が多く、裸足やルンギの人は見当たらない。ざっくばらんな客同士の会話も無い。つまり私は物足りない。
宗教系のリーズナブルな宿泊施設「パークゲストハウス」にチェックイン。規律重視で門限・飲酒・煙草などいろいろルールに厳しいようだが、私にはあまり関係ない。
元植民地だけあって今もなおフランスっぽさが残る。特に見所も無いけど、これから先思い出すだけでもこてこての街ばかりなので絶対寄っておいたほうがいい(笑)。
しかし、どうもフランスっぽいせいか私には馴染めなさそうだ。そうは言っても衣食住は確保しなければならない。ウォーターを注文すればコーラが出てきて、コーラを注文すればソーダが出てきた。こんな基本単語すら正しく伝わらない私の英語力に呆れる。屋台で食べたチキン料理が旨かった(料理名は分からない)。ビーチ近くの店でアイスクリームを買った(渡されたのはどこかで替えるのだろうけど、よくシステムの分からない多分引き換え券)。気分転換のアイスを食べる前に気分転換に散歩。
敷地の芝生をトコトコ歩くアヒル親子が、読書に耽っていた私を散歩に誘う。海岸沿いのレストランではホテルの朝食が用意され、インドに疲れた私をトーストとコーヒーでじんわりと癒す。静まり返った夜には、心地よい波しぶきの音がリズムよく寝床まで打ち寄せてくる。そんな至福の24時間がわずか200ルピーで得られるのだ。
午前中は、街を散策。ポンディシェリーは、海岸に面したエリアはフランス風だが、ちょっと内に入るとあっというまに普通のインド風だ。午後からは、ホテルの部屋の縁側で、椅子とミネラルウォーターを持ち出してのんびり。海岸際のベンチにもたれてまたのんびり。する事と言えば、たまに蚊に刺された痕をぽりぽりかくぐらいだ。
しかし、ここまで遠く日本から離れたら、1人でも孤独を感じない、むしろ1人のほうがいいとさえ思う。そりゃ、たまに日本を想うが、薄情な事に今の私は「日本=おか泉のざるうどん」という状態である。「あ~、ざる(大)食べたい!」それが日本を遠く離れた者が叫ぶ、心からの訴えだ。そんな日本人は私1人ではないだろうか。
ホテルのレストランで朝食。日本では特段飲みたくもならないこの「フレッシュライムジュース」も、ベンガル湾を眺めながらだとチビチビいけてしまう。波の音・天井高くカタカタ回るファン・テトラポットをするすると乗り越えて進んでいく少年達。このホテルも私も歴史から置き去りにされた絶海の孤島にあるような錯覚に陥った。
バスで次の目的地チダムバラムへ。2~4時間程度の移動で小刻みに南下していけるのが南インドのいい所だ。いつものようにバスターミナルをうろうろしてたら、運よく目的地が同じお兄さんが通りがかって案内してもらう。「到着したら今まで親切だったこの人が豹変していきなり「いいホテル紹介してやる!」「明日も俺が案内してやる!」とか言い出さないか?」と心配で逃げ腰気味でバスを降りたのだが、そのままさようなら。「地元人の親切」に対する距離感・間合いを見極めるのに苦労する。
ガイドブックに頼り切りの私は、載っているからという理由だけで50ルピーの安宿にチェックイン。部屋は壮絶、排水溝の底とまで酷評せずとも壁のようなぬめった質感。ヤモリさん・アリさん・イモムシさん・モスキートさん達には大変快適な様子。
ナタラージャ寺院とカーリー寺院を散歩する。これまた素晴らしい寺院であった(適当)。特にナタラージャ寺院はむちゃくちゃ落ち着く。4つのド派手な塔門が境界強調する為か威圧的にそびえ立ち、私が心安らかに落ち着けるよう境内を切り分けて護っているようだ。夕暮れ時には、寺院の壁にもたれかかって脱力状態の私に、多くの通りがかりのインド人が「ハロー」と声かけてきたり手を振ってくれたりでフレンドリーだ。寺院にはお経(ミュージック)が流れ始め、更に私の心身を脱力せしめた。
外国人が私1人のバスに乗る。ヒンドゥー寺院で侘び寂びを感じる。大衆食堂で15ルピーで済ます。戻ると部屋は不潔極まりない。けれどまだインドは遠い気がした。
クンバコナムを通り越して、タンジャヴールへ。私はチダムバラムまでは「地球の歩き方」に載っている全ての街を巡ってきたのだが、クンバコナムだけはあまり魅力を感じず通り越した。街を1つ飛ばしたので、4時間以上のバス旅。さすがに疲れた。
ホテルに着いてほっとしたのか、ついに油断してしまう。何も考えずにオーダー「カレー・コーラ・食後にコーヒー」日本にいても胃に悪そうな夕食になってしまった。
朝になると胸やけも落ち着いたが、しばらくの間はフルーツ中心の食事にする。刺激的な食べ物や飲み物が無理だとしても、まだこの国にはフルーツが豊富にあるのだ。
世界遺産ブリハディーシュワラ寺院へ。出会った学生達としばし話をして、お互い打ち解けた頃合いにとんでもない指摘を受けた「君の着ているその服は女性用だよ…」
これ着てマハーバリプラムからポンディシェリーまで来たのに…。「インドでもちょっと親しくならないとこういう恥ずかしい事は指摘しないんだな…」意外とデリカシーあるのかも。「何故にインドで女装せにゃならんのだ」と思ったが、女装して結婚披露宴の余興に出ても気付かれなかった事もあるぐらいだから、多分大丈夫だろう。
ブリハディーシュワラ寺院は「異教もしくは邪教の神殿」のイメージだ。別にヒンドゥー教が邪と言っているのではなく、むしろ好きなぐらいだけど、日本で(主にゲーム業界)流通しているそういうイメージに一致している。ナンディ(聖牛)とリンガ(男根)がシンボリックだ。私の頭の中で、自然とドラクエのBGMが再生された。
SARAN(21)という青年と9時頃までずっと話し込む。「私は空手をやっている。あなたは?」「月収はいくら?所持金は?」「ホテルは?ルームナンバーは?」
「こいつ… 俺、殺られるんちゃうか(笑)?」と少し疑いを抱いてしまったが、手を繋いで写真を撮ったり、自転車でホテルまで送ってくれたりと、結局最後まで親切ないい人のままだった。私は自分の警戒心を「旅には必要不可欠なものだ」とクールに戒めねばならぬほど、悪かったなぁと思って心が痛んだ。手紙を送る約束をした。
夕食(どうせフルーツ)は食べ損ねてしまった。帰りに調達しようと思っていたけど「止めて」と言うのも面倒くさいし。この日食べたのはスイカ2切れだけであった。
36時間、チャイと水とスイカ2切れだけではさすがに疲労感は否めない。ここに至るまで、疲労が蓄積している感覚は無かったけれど、身体は正直にストレスを感じていたようだ(そういえば普段出来ない吹き出物が3日に2日ぐらいで出来ていた)。
それに加えて、今は胃が空っぽだ。しかし、これでカレー・コーラ・コーヒーで受けたダメージからの回復ステップへ進めそうだ。身体も理解していて、今はとてもカレーを食べる気にはならない。「こういうのでいいんだよ」的な朝食をチョイス。最初のオレンジジュースは1口目のビールのような快感(飲めないけど)。トースト・オムレツを病み上がりのようにゆっくりと食べる。胃にいきなり詰め込んじゃいかん。
タンジャヴールからティルチラパッリへの移動はスムーズだった。ホテル受付の女性がバスターミナルまでのリクシャを良心的料金で手配してくれ、バスターミナルでは車掌が「ティルチ・ティルチ・ティルチ!ティルチ・ティルチ・ティルチ!」とリズムよく連呼して集客しているので楽勝だ。私も早速バスに乗り込んで、席から何とは無しに「ティルチ・ティルチ・ティルチ…」と呟いたら、車掌にじろっと見られた。
ティルチラパッリのラグナータスワーミ寺院は、宿泊地からやや遠く離れた所にあったが早速行ってみた。ガイドブックによると、この寺院は20ちょいの塔門が何重にもあって、寺院と市街とが渾然一体となっているという。これは私の好きな寺院のスタイルではなさそうだ。寺院と市街、いいかえれば信仰と生活が渾然一体となっているせいか、うさんくさい自称ガイドが「これ以上は信者でないと中に入れない。しかし公式ガイドである私を雇えばたった80ルピーのガイド料だけで自由に出入りが出来る!」と私に寄り添ってくるので「もう早く帰ろう…」という気になってしまう。
「写ルンです」が見当たらない。昨日の寺院前で飲んだチャイ屋か、帰りのリクシャーの中で忘れたに違いない。写ルンです第2巻は、タンジャヴールのSARANに送る写真も入っているので、私はダメ元で寺院前まで探しに行く事にした。何故だろうこの時既に「インドを信じてみよう」私はカメラが見つかりそうな予感がしていた。
帰りのリクシャーを拾った場所にとりあえず行ってみた。10台ほどのリクシャーと3人ほどのドライバーがいたが、昨日の人ではない。私は(1)昨日の行動ルートと(2)カメラが無かったかどうか教えて欲しいという事を、流暢な英語で説明したかったのだが「 Yesterday…… うぅ、なんて言えばいいんだ? 」と苦しんでいた。するとその時背後から「キャメラ⤴?」という声が。まだこっちがキャメラという単語を発していないにもかかわらず、だ。それ即ちキャメラがあったという事!
ミツバチほどうじゃうじゃいるリクシャーにカメラを置き忘れて、再びこの手に戻ってこようとは。しかもインドで、これは奇跡だ。私はカメラのお礼に200ルピーを渡そうとしたが、断わんなさる。なんとか受け取ってもらうと、彼はリクシャーのエンジンをかけた。意図を察した私は乗り込み「じゃRockFortまで頼むよ!」