インドの話 3_1

 

     

 

     

 

     

 

     

 

     

 

     

 

     

 

     

 

     

 

     

 

 

     

 

     

 

     

 

     

 

 

 

ただいまご紹介いただきました府中「すぎのや」山崎正人と申します。約10年前、香川から帰郷した時「さぬきうどんと私」というテーマでここでお話させていただきました。さぬきうどんは私の人生を支える大きな柱ですが、今日のテーマは、もう1本の柱とでも言いましょうか「楽しいインド旅行」です。

 

 

若い頃に行ったインドの話というと「こんなに苦労した」「こんなに貧乏旅行した」などの自慢話、あるいは「インド人にめちゃくちゃむかついた」などの話になりがちですが、今日は少し違った感じの内容になると思います。というのも、私は今まで6回インドに行っていながら、まだニューデリーやタージマハルに行った事が無いんですね。理由の1つが「治安が悪くて怖かったから」なんですが。

 

 

じゃ、どこ行ってたの?という事を今から3つに分けてお話していこうと思います。【1】なぜインド? 【2】なぜ南インド? 【3】南インドの魅力は?

 

 

【1】初めての外国がインドという人は少ないとは思います。私の場合はタイ・中国を経てから、インドに行きました。在学中に「1人で外国を旅行できた」という経験を獲得していたのは大きいです。「日本から遠いと不安だから近い中国にしよう」と思っていたあたりはちょっと頭が悪いとは思いますが、精神的には強くなりました。

 

 

卒業から数年たち、26歳で退職。「仕事を辞めて旅に出る」といえば、もう行き先はインドしかないですよね。あいかわらず不安な気持ちはありましたが、行く事を想像するだけで臨戦態勢のスイッチが入るような高揚感は中国以上でしたね。

 

 

そして「インドの混沌や雑踏の中に身を置いて、生を実感しなければならない!」という気持ちもありました。「インドのような社会も現実に存在する」というのを体験しないまま死ぬというのは世界の半分を知らないに等しい!とはおおげさですが、エアコンの効いた室内で座りっぱなしの仕事をしていたことは確実に影響しておりました。もともと普段は超インドア派ですし、大学時代は数学専攻でした。

 

 

最初は、45日間でインド一周を計画しました。日程は厳しいですが、どうせ行くならとその無理なプランを考えていました。が、西インド地方で大地震が起こり、西部に行けなくなってしまいました。それだったら、北東南とだけ行けばいいのに、全然そそらない。そのとき気付いたのです。「インド1周してきた!」私は人にこういうふうに嘯きたいだけだったのです。どうせ挑戦するなら達成感を得られる形の旅をしたいと思っていたのでした。

 

 

ある時「1周」という縛りから解き放たれたある閃きが起こりました。「インド一周がだめならどこかで滞在するかなぁ。バンコク長期滞在ってよく聞くなぁ。でもバンコク行ったしなぁ。待てよ、インドのどこかで長期滞在したらいいやん!」広いインドで移動せずに一カ所に滞在というスタイルは完全に盲点だったのです。インドのどこで滞在するかはすでに心の中で決まっておりました。それが南インドです。

 

 

【2】じつは南インドで行ってみたい場所があって、それがクリシュナバターボールと呼ばれる不思議な岩です。スケールはタージマハルに比べるべくもありませんがとても気になっていました。

 

 

ではここで、北と南の違いを表にしてみましたのでご覧ください。そしてこちらが実際に今まで行った6回のインドの足跡です。明らかに南インドでは移動距離が短いのがわかります。北インドを避けるように旅していますが、一番近づいたのは、ここガンジス川で有名なヴァラナシですね。やっぱり北に近づくほど先ほど述べた特徴が出てきて、ここらへんが一番凶悪でした。

 

 

ご覧の6回のインドの足跡にはある特徴がありました。もともと「怖い北インドを避けてきた」だけのルートなのですが、遺跡や寺院がある(仏教・ヒンドゥー教)ところばっかり行っているなぁと。今もお地蔵さん巡りとかしていますし、そういうもの(とりわけ石像🗿)が好きなんだ…と気づかされました。私は「旅で本当の自分を発見」というのは言うのも聞くのも嫌いなんですが、まぁ発見してしまったわけです。

 

 

では南インドの魅力は何なのか?具体的にお話していきたいと思います。

 

 

(1)カレーと食事 どんなに景色が良くても治安が良くても、美味しいものが無いと旅先には選びづらいですよね。まずカレー自体がインドどこでもおいしいのですが日本と決定的に違うのは、主食とカレーの両方を頼まなければならないかったことです。こういう事って当たり前すぎてか、ガイドブックにも載ってなかったですね。

 

 

 

一方「これさえオーダーすれば、主食もおかずもすべて揃っている」という日替わり定食スタイルもあります。南インドでは「ミールス」と呼ばれており、これは日本のインドカレー店でもあまり見られないスタイルで、確実に体験する価値があります。

 

 

 

席に着くと、まずバナナの葉っぱがテーブル上に供されます。ここに数人のスタッフが立て続けにやってきて、次々にカレーやごはんを盛り付けていきます。スプーンは無く、指をスプーンみたいにして頂きます。こんな感じ、なるべく指先だけ。

 

 

 

野菜をふんだんに使ったおかずは軽い食感でどんどん箸が進みます。私はいつも箸休め的にインド風オムレツを追加して、味の緩急を整えていました。逆にインド人は緩急が無いというか、全てのおかずとご飯を混ぜ切ってから食べる方も多いです。

 

 

 

お代わり無料なので、先ほどのスタッフが隙あらば「もっと食え」と言わんばかりにやってきますが、それらをかいくぐって葉っぱを二つ折りにしてください。それがごちそうさまの合図で、葉っぱを下げてくれます。手洗い場で手を洗い、綺麗になったテーブルで締めのチャイを飲み、エキサイティングな食事を締めくくります。

 

 

 

基本的にどこのお店でもおいしいので、食べ歩きはしてこなかったのですが、最近ちょっと変化がありました。南インドの中でも特にカレーがおいしいと言われるチェティナード地方があるというのを知り、行ってみました。

 

 

 

この辺りは貿易で海外へ出て資産を築いた商人が多く、料理が発展している地域だそうですので、ワクワクして訪れました。美味しいレストランを備えた高級ホテルに1人で宿泊するわけにもいかないので安宿に泊まりましたが、街中の庶民的レストランでもとてもおいしいカレーが出ました。再訪を誓いつつ、帰国後はチェティナード風カレーうどんの開発に取り組みました。

 

 

 

カレーがおいしいのはみなさんご理解いただけたと思いますが、いくらおいしくてもお腹を壊すことを心配されるかもしれません。これはもう半分は諦めた方がいいと思います。しかし希望はあります。市販の薬が効き目抜群なのです。ちょっと見た目はどぎついですが。私はいつもその処置で、その後のインド旅行を快適に過ごすことができました。

 

 

ただし一度だけ例外がありました。先に触れた北インドのヴァラナシという街で、ガンジス川で沐浴した時ですね。あの河は死体が流れていくだけあって、南インドで得た免疫が一切通用しませんでして、チャイなど飲んだら数分後には出るという異常な体調でした。これは北インドが南より過酷だという1つの例ですね。面と向かって真顔で「お前を殺さなければならない」と凶悪インド人に脅されたのもこの街でした。

 

 

 

話がそれましたが、南インドも4回目になると、お腹も壊さず、むしろ体調良好になって帰国するようになってしまいました。バターボールは何回見ても素晴らしいものでしたが、同じ街をなぞる旅はマンネリを迎えていました。

 

 

 

(2)ショッピング がしかし、ちょうどそのタイミングで、インドに行く同志を見つけました。網野のカナブンという雑貨カフェのマスターで、彼はいつもはタイに商品の買い付けに行くのですが、気分転換にインドに2人で行くことになりました。南インドというマイナーな土地なので、ここの商品が日本に仕入れられて販売されていることは少ないはずです。試しに安くてかさばらないアイテム、はがきやミニカー・帽子などを購入してきました。そのうち土産店の半分ぐらいをこの南インドの世界のような雰囲気の店にしたいですね。ここにしかないというのは、とてもシンプルでわかりやすい魅力であります。

 

 

 

この友人は、もともと観光に興味が無く、都市部での買い物がメインとなる旅行でしたが、私はそれまではお寺ばかり行っていたので、インドに飽きずにすむいい転機となりました。

 

 

 

(3)寺院と遺跡 最初はお寺ばかり行っていた私ですが、今でも南インドで一番の見所だと思います。ビーチリゾートやボートクルーズなどもあるのですが、一番はやはりヒンドゥ寺院です。

 

 

 

チェンナイから南下すればするほど、煮詰めたような密度の濃い宗教が展開されていきます。特徴としては①お寺は家族友人の憩いの場②夜のお寺はインド人が闇に溶け込んで神秘的③偶像にお祈りするスタイルには親近感を覚える④と油断させておいて生贄のヤギの首を切り落とすなどのショッキングな儀式もある⑤とにかくいろいろダイナミックです。

 

 

 

(4)インドの奇跡 1人ではお寺はいろいろ行きましたが、カフェのマスターが唯一興味を持って行きたいと言ったお寺がサイババ寺です。手の平から灰を出現させるなどの奇跡を起こすとして、日本でもブームになったアフロヘアーのサイババです。キーホルダーやボールペンなどのほか、聖なる灰とやらもなぜかたくさん売っていました。インドの魅力の1つにこうしたミステリアス・スピリチュアルな側面が確かにあります。ほかにも私が個人的に興味のある奇跡のエピソードが2つあります。

 

 

 

1つは「数学の魔術師」と呼ばれるシュリニヴァーサ・ラマヌジャンについてです。南インドで生まれた彼の出身地であるクンバコナムという街にあるラマヌジャンミュージアムを訪れました。何が奇跡なのかと言うと、彼がノートに書き記す公式や定理は、夢の中でヒンドゥ教の女神が教えてくれたものだというんですね。どうやって導いたかは彼自身には分からない。世界中の数学者が時間をかけて正しい事を証明してきているのです。これがその公式の例です。やばさが分かるだけでも数学を勉強したかいがありますね。

 

 

もう1つは仏教についてです。インドで誕生した仏教も今では廃れてしまった…というのは過去の話で、今また復活しつつあるんですね。そのインド仏教の最高指導者はインド人でなく、なんと日本人なのです。佐々井秀嶺さんという高齢のお坊さんで、中央インドのナグプールという都市で活動しておられます。佐々井秀嶺氏の功績は2つあります。以下、ウィキペディアを参考にした説明です。

 

 

 

日本人僧の佐々井秀嶺は、インドで不可触民の復権に携り、ヒンドゥー教から仏教への改宗により仏教徒を増加させているが、そのきっかけが龍樹より受けたという夢のお告げにより単身ナグプールへ向かった事で知られる。彼はナグプール近郊に南天鉄塔が存在したと確信して2001年から発掘作業を進めてマンセル遺跡を発掘した。

 

 

 

佐々井さんが北インド滞在中に受けたという夢のお告げ「汝速やかに南天竜宮城へ行け」に従って、日本帰国予定を翻し急遽ナグプールに向かったのでした。

 

 

 

またこの「南天鉄塔」というのは真言密教のルーツでして、夢のお告げに出てきたという龍樹(ナーガールジュナ)や日本の空海さんともゆかりのある仏塔です。今まで実在が確定していなかったのに、佐々井さんが見つけて掘り出してしまったのではないかというすごい興奮する最近のお話なのです。

 

 

 

以上が、私は行った事が無いのにもかかわらず、ついつい調べてしまった大体の内容ではありますが、なぜこんな興奮・興味があるのかなと自問していて、思い出しました。私はかつて「ブッダ4大聖地(ルンビニ・ブッダガヤ・サールナート・クシーナガル)を全部巡ったのだ!」ということを。

 

 

 

すぐ達成感を得たがる私の軽薄な動機のせいだと思うかもしれませんが、それだけではないのです。龍門石窟をはじめとする仏教ゆかりの国や遺跡ばかり行っていることに気付いたのです。

 

 

 

あの凶悪な思い出の残るヴァラナシのすぐ近くに、仏教の聖地サールナートもあります。ヴァラナシとは対照的に、このサールナートではとても安らぎを覚えた記憶が残っています。

 

 

 

この記憶や、今までの旅の足跡からもわかるように、無意識にインドの仏教遺跡に惹きつけられていたと気づいた私は、この流れに従い、この地を訪れることは必然だと思うようになったのです!というのは大袈裟かもしれませんが、近いうちに必ず行くことになるでしょう。きっと訪れるたび、新たな発見に巡り合わせてくれるのは間違いありません。