インドの話 1_3

 

それは夜中の事だった。腹痛で目が覚める。下痢の予感。痛みよりも今後が心配。そう、ついに来てしまったのだ、インドの洗礼が。その後も数回トイレに行く。腹痛は伴うが、トイレは我慢しようと思えばできそうで、私が体験してきたのとは違う感じの下痢だ。ホテルにいる時は我慢しないでトイレに行くけれど、もちろん問題はバス移動である。「我慢できそう」というだけで数時間のバスに乗る勇気は私には無い。

 

 

 

朝食後から夕方までにトイレに行く事、5~6回。よし、ほっといても自然に回復する気配が無い事だけはまず分かった。どうやら各器官で消化されるのを待つ事無く、体内を通り過ぎていくようだ。体内に留まる時間はおよそ6時間。次のバス移動は6時間以下である、という事実を加味しても、バスに乗るにはもう少しデータが欲しい所だ。私は旅のコンセプトに沿った決断を下した。予定変更ティルチラパッリ延泊。

 

 

 

夕方散歩。ブルーな気分になっている私に気付いているかのように、今日はインド人も声をかけてこない。爪切りを買った。日本から持ってきたキーホルダー型天橋立爪切りは、1回も使われる事無く紛失した。橋の下から腐敗臭が漂ってきた。インドの街は(特に河や橋などの水回りにおいて)時々覚醒を促すほどの異臭を放っている。映画館があった。一度は行ってみたいけど、今日は日曜日で満席のようだ。ひたすら見るだけの散歩、既に「何も食べない(ゆえに何も出ない)」作戦が始まっていた。

 

 

 

と言いつつ、いきなり夕食を口にしてしまった。これは下痢がまだ続いているかどうかを見極めるテスト、という事にしておこう。本当はもう少し食事間隔を空けてインアウトの関係を正確に測定したかったが、食べてるそばからお腹が怪しい蠕動を…。

 

 

 

朝起きたら、腹痛・下痢もやって来た。しかし「食べない限りはまず催さない」と分かったので、午前中に昨晩の食事を出し切った所で、次の目的地マドゥライへ出発。

 

 

 

 

「だーかーら、TMロッジ!!(へ行けと言ってるやろが)」と久しぶりに怒鳴る。リクシャーが私の指定したホテルへは行かず、勝手に違うホテルへ連れて行くのだ。「タクシーがわざと違う場所にお客を連れて行く」この「わざと」が日本人には最初想像もできない。動揺した私は、負けずに勝手にありえない理由を考え出す「着いたんはええけど、なんかホテル名が違う気がするなぁ?TMロッジは、この奥にあるんかな?」「TMロッジ、新しい名前に変わったんかな?」と一瞬考えてみる。「降りてしまっていいものか?」まさに下車する瞬間の判断力が問われるのだ(大げさ)。

 

 

 

ここマドゥライはチェンナイに次ぐタミルナードゥ州第2位の大きな都市であり、聖地でもある街のシンボルはミーナークシ寺院。観光客や巡礼者、それらの相手をする商売人でごった返す、久しぶりに神経をぴりぴりさせる危険な街にやってきたのだ。

 

 

 

3軒目でようやくTMロッジに到着した。怒る事が出来るというのは精神的余裕が出来たという事でもある。杉岡夫妻は「とりあえず怒ると話が早い」とか言っていた。

 

 

 

ミーナークシ寺院界隈で観光客を狙った新たな騙しに出会った(相変わらず騙される時、それを勝手にアシストして詐欺師に都合のいい解釈をしてしまう内なる私…)。

 

 

 

裸足の小汚いおっさんが寄ってきて説明するには「ミーナークシ寺院を見下ろす眺めのいいビルがあるんだ。案内してあげよう。大丈夫!政府が管理しているビルだから安心安全だ!」「えっ、でも、これどう見ても高級そうな土産物屋にしか見えないんですけど…。そういう展望台的サービスもやっているのかな?」と思って、つい店に入ってしまうのだが、入った途端、いつの間にか、おっさんは店に入ってもいないのである。そして店内ではいかついおじさま達が…。私はすぐ引き返した。さっきのリクシャーといい、こいつといい「マドゥライは濁っているわ」と思ったのであった。

 

 

 

そんな経験から、当時はあまりミーナークシ寺院も好きにはなれなかった。きっとあいつらのせいだ(数年後再訪したら1番好きになった)。因みにこの寺院、柱が1000本くらいあるスケールの大きな寺院だ。寺院内は昼でもひんやりとして薄暗く、柱が多様な死角を生んでサバイバルゲームにはもってこいの、否、幻想を喚起する。

 

 

 

今夜の食事も明日朝には下痢で出てくるに違いない。インドの病院、行ってみるか。

 

 

 

私はガイドブックで病院の場所を調べ、英会話集で下痢に関する単語を調べた。目指す病院は、クリスチャンミッション病院。ティルチラパッリから下痢を抱えたままマドゥライに移動したのは、大都市だからいい病院があるだろうという理由であった。

 

 

 

ルームサービスさえ、電話せずにフロントまで降りる私。事前に病状をメモに認めておく用意周到さ。メモには1番主張したい「下痢止め薬が必要です」を冒頭に持ってきて明快さを心がける。続けて「私は3日前から下痢です。今日でインド15日目です」私が病院内でこのメモを命綱のように固く握り締めていた事は想像に難くない。

 

 

 

クリスチャンミッション病院は、インドらしい病院だ。窓は全開、ドアも開けっ放しというかドア自体が少ない。どこが受付でどこが内科かも全然分からないのでうろうろしていたら、スタッフみんなとっても親切に構ってくれる。おかげで少しも待たずに診察を受けられた。問診が終わり、処方箋を持って隣の薬屋に行くよう指示を受ける。診察代・薬代合わせて100ルピー、東京海上に請求するのも憚られる金額だ。

 

 

 

そういえば「医師の診察を受けるか?(下痢なら薬だけでええんちゃう?)」というような事を言われていた気がする。「後はこの薬が効くかどうかだよなぁ」そう思いつつも効く予感はしていた。今の流れは「インドを信じて身を委ねよう」だからだ。

 

 

 

朝目覚めると、依然として腹痛はあったものの、徐々に治りつつあるような糞囲気。

 

 

 

次の目的地ラーメーシュワラムに向かう。この頃になると、いつもバスの最前席に座ってドライバーのアグレッシブな運転(ホーンを鳴らして対向車を牽制し、相手の減速を見込んだ上での追い越しタイミングの見極め)を楽しんでいた。バスのドライバーも偉大だが、車掌もまた偉大なりである。乗客と顔を突き合わせて切符を切るシステムなので、満員の中で「この人はもう切符切ったっけ?」とならないよう全員の顔を覚えていなくてはならないのだ。車掌が間違えているシーンをまだ見た事が無い。

 

 

 

 

ラーメーシュワラムはベンガル湾に面したヒンドゥの聖地だ。さっそく浜辺で沐浴。あまり綺麗ではないので、膝までに留める。砂浜には5頭ほどの野良牛がうろうろ。

 

 

 

沐浴していると、インド人青年が「私の家に来て泳がないか?」「今から映画を見ないか?」などと言い寄ってきた。話してみると日本人の彼女がいていずれ結婚するらしい(彼女は毎年1回彼に会いにインドに来ている)。確かにK1のフランシスコ・フィリオに似てかっこいいしフレンドリーで親切そうだ。しかし安易に信じてはいけない。試しに彼女の名字を聞いてみた。「ヤマダ・スズキ・ホンダ」などのポピュラーな名前だったら、彼女話そのものが嘘くさく、よって人物自体も怪しいと警戒せねばならない…。「彼女の名字はカワカミだ」彼は言った。判断に困る微妙なラインを攻めてきた。彼の家まで行くのは面倒くさいので、とりあえず軽く映画を見る事にした。19時から3時間物だった。全然軽くねぇ(長すぎて途中チャイ休憩が入る)。

 

 

 

映画は「喜怒哀楽なんでもかんでも詰め込んでただ楽しければいい、そんな映画でいいのか?」「いいんです!!!」とでも言いたげな作品。私には、荒唐無稽なストーリーにツッコミを入れる楽しみの他に、インド人観客を観察する楽しみもあった。彼らは、同じ映画を何度も見るらしく、ヒーローの登場シーンが近づいてくると、拍手喝采、自前で用意してきたのか紙吹雪まで舞い散る始末。当時まだ少なかったであろう娯楽の1つである映画をめいっぱい楽しんでいらっしゃる(上から目線で失礼)。

 

 

 

ここラーメーシュワラムでは、毎朝4時にお寺のスピーカーから大音量でお経が流れ始める。ちらっと聞いていたが「4時?またまたご冗談を…」と聞き流していた。

 

 

 

お経は午前6時頃まで延々と続くが、終了後の睡眠は正に解脱体験。一体「4時~6時」なんて何を考えているんだろう?知る由も無いが、宗教の名の下に夜明け前から騒ぎ立てる事が許されるとは、なんて素晴らしいのだ。文句1つも言わない(推測)住民もまた素晴らしい。「宗教とは何か?」疎い私でも思いを巡らせざるを得ない。

 

 

 

ラーメーシュワラムから更に突端方向にあるコザンダラマール寺院でバスを降りる。ここはガイドブック「個人旅行」に載っていた写真と名コメント「置き去りにされたような風情さえ漂う」で興味を持った。寺院まで少し歩くが、道中ヤギしかいない。

 

 

 

 

私の持参したガイドブックは「地球の歩き方」「個人旅行」の2冊だ。「個人旅行」は評判通り、地図が見やすくて正確だ。中国でデタラメの道案内ばかりされた私にとっては貴重過ぎる情報。荷物が少ない事を好む私でもガイドブック枠は2冊確保だ。

 

 

 

コザンダラマール寺院は写真とコメントで感じたままであった。世の中から忘れ去られたようなこの地に佇み、気分だけでも「世の中から忘れ去られる事を選んだ人間」として融解したかったが、陽射しが強いのでいきなり昇華してしまいそうになった。

 

 

 

 

昨日に引き続いて、朝4時にお経が流れる。何故か今日はうなされずに起きられた。

 

 

 

朝の沐浴を見て、コーヒー飲んで、帰宅。うなされずとはいえ無理やり起こされたせいか、鼻風邪でいまいち体調が優れないので、終日部屋でごろごろする。体に1つでも不調があると途端に全活動が低下するのは、日本でも外国でも変わらないらしい。

 

 

 

24時回って日付が変わってもまだ寝付けなかった。鼻詰まり・蚊の侵略・熱帯夜の3重苦。「風邪を治す為にはファンは回さないべき」「蚊から身を守る為にはファンは回すべき」「心地よく眠る為にはファンは回すべき」「心地よく眠る為にはまず風邪を治すべき」私はファンを回したり止めたりと忙しかった(結論は蚊帳必需品)。

 

 

 

寝付けないこの夜に初めて、寺院からの時を告げる鐘が1時間毎に鳴る事を知る。魔の4時には4回鐘が鳴るだろう。まさか寝付けないままそれを聞く事になろうとは、いくら悲観的な私でも予想してなかった。……そして鐘が4つ鳴った。「来るゥ!」

 

 

 

しかし、あのお経はいっこうに聞こえてこない。「あれっ?今日はヒンドゥーの休日かな?なんか拍子抜け…」と一瞬でも思った私は、すぐに己の能天気さを深く悔やむ事になった。「来たーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!」

 

 

 

独特のリズムでリフレイン感のあるお経ソングは、確かに私の免疫力を低下させた。聞こまいとしても、霊験あらたかなお経だからか、脳内に直接届いてしまう。悲しいかな、1曲目はまだ好きなほうだけど、2曲目からはもう輪廻のよう。涅槃は近い。

 

 

 

「うーん 俺 今 多分 ラーメーで1番厳しい~」と心の中で確信する。しまいに「もう勘弁してくれ~」と神に赦しを請うのであった。一刻も早くここを去らねば。

 

 

 

ラーメーシュワラムから次の目的地カニャークマリへは夜行バス(9時間)のみが出ている。多分寝付けないだろうし、それにだ、もし夜まで待って、満席・トラブルなどの理由でバスに乗れなかったら、もう1回午前4時を越えなあかん!それだけは許して!!という訳で、一度マドゥライに戻る事にした(マドゥライへの便は頻発)。

 

 

 

おかげでラーメーシュワラムはいまだに憂鬱になる存在だ。全てはあの午前4時のお経のせいだ。のたうち回っただけのベッドで、ふと冷静に考えた「やっぱりこの音の大きさは明らかに耳障りだよなぁ…?」ここ数年、こんな大音量の放送を聞いた事が無い。即ち、日常社会において、個々の生活を脅かすほどの騒音が出ないように社会がコントロールされている訳だ。そうだ、あの大音量は、私の鼓膜だけでなく常識をも劈いていたのだ。もし私が記憶喪失になっても、ここに戻れば記憶が甦ると思う。

 

 

 

2001_02                              2001_04